JHAの手造り腕時計
JHAとはJapan Handcraft-watch Association (日本手造り腕時計協会)の略で1994年「手造り腕時計」の創始者である篠原康治(JHA東京/吉祥寺)が設立しました。
現在、世に出ている「手造り腕時計(手作り腕時計)」の製作技術は篠原が編み出したものであるといっても過言ではありません。
斬新であり、楽しく、ぬくもりがある当社の手造り腕時計はJHA公認の時計です。
また、修理やバンド・電池交換などアフターサービスも万全ですので安心してお使いいただけます。
時計作家とは
私達は決して自分たちのことを腕時計職人とは呼びません。
もちろん、それはあくまでも私達自身が命名しているのです。昔から腕時計造りにたずさわわる人を「腕時計職人」と呼び親しんできました。しかし私達はあえて自分たちのことを腕時計作家と名乗っています。それはなぜか??
「職人」という言葉の響きから感じるものは人それぞれかもしれません。一口に職人といっても実に様々な職人さんがいます。ものづくりに対する考え方もきっと千差万別でしょう。
でも、私達が「職人」という言葉から受けるイメージは伝統を過度に重んじ、古い格式にしばられ変化を極端に嫌う、いわば頑固一徹といった感じの人を連想してしまいます。
伝統を重んじることは決して悪いことではありません。時として古き事に新しいアイデアのヒントが隠されていることもあります。そして、良い物を造ることへのこだわりは「職人の魂」としてすばらしいものです。私達もそこに学ばなければならない姿勢があることは良く理解しているつもりです。
しかし、あまりにも固執してしまうと伝統という名の檻の中に閉じ込められ、社会の変化や人々の美意識、価値観の変化を察知できず、気がついてみると社会にとってまったく無用の堅物になってしまう恐れがあります。たとえば、物を左右対称に造るとか、寸分の差異なく造るとか、それは確かに産業革命以前の社会では価値がありました。でもコンピュータと金型技術がこれほど発達した社会で正確さを誇るのは滑稽と言ってもいいかもしれません。人の手で造る物の精度はしょせん機械に勝るはずがありません。
いくら正確に造ったつもりでも人間が造る物には必ず「くるい」が生じます。もちろんその誤差は製品として確実に使用できる限度内でなくてはなりません。しかし、実はこの「くるい」に重要な秘密が隠されているような気がするのです。絶対的に正確ではないその「くるい」は手造り品に「ぬくもり」となってある種の温かさを与えるのではないでしょうか。
これほど機械で生産された量産品が溢れる中で手造りの物は特別なものとして人々を魅了します。量産品のほうが安いのに人はなぜか手造り品に魅かれ、珍重する。それは人の手が加わったこの微妙で繊細な「くるい」が原因なのではないでしょうか。
そして、そのことに気づき、意識的に表現できる職人はもう職人の域を脱しているのではないかと思うのです。良い物を造ろうという職人魂と「ぬくもり」と「温かみ」を時代の中から切り取る感性。このふたつが調和した時、その人は職人ではなく「作家」と呼ぶべきではないでしょうか。
私達はいつもこの二つを併せ持ちながら時計造りを続ける「腕時計作家」でありたいと考えています。そして、一人でも多くの方に腕時計を通じて安らぎとぬくもりを伝えることこそ、私たち腕時計作家の使命であり、最高の喜びでもあるのです。
サインとシリアルナンバー
全ての時計には各作家のサインとシリアルナンバーが刻まれています。
作家のサインは裏ぶたに入れられていることが多いですが文字盤や本体ケースの側面、バンド等に入っていることもあります。サインを入れることにより製作者の顔が見え、作家が責任を持って造り上げた時計であることがわかります。
シリアルナンバーは作家の製作通算本数の数字ですのでナンバーがダブることはありません。また、100本目、500本目、1000本目などキリ番や777本目、1111本目などゾロ目のシリアルナンバーの時計は特別な時計としていつもとは違うアレンジをして造る作家もいます。
このようにサインとシリアルナンバーはひとつひとつ手造りで時計を仕上げている証しでもあります。
秋友清孝作品の裏ぶた
ni:ta200本目の時計